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現地

大人のための森と虫の観察会

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開催期間

2026/10/10

募集期間

2026/09/25 - 2026/10/10

内容

日 時:10月10日(土)13:30集合、16:30解散
場 所:奥出雲町上三所集会所
定 員:12名程度
参加費:無料
服 装:長袖・長ズボン、帽子など。長靴または足首まで覆うトレッキングシューズ。
持ち物:虫除けや飲み物、手袋など適宜。また、お持ちの場合、虫取り網や観察かご、ルーペ、ピンセットなど。
※採集や持ち帰りについては、当日、講師と主催者の案内に従ってください。
※雨天の場合は内容を調整し、屋内プログラムとする場合があります。

見慣れすぎてふだんほとんど見ていない場所

「虫とり?なにが楽しいの?」
「虫だけじゃないよ。虫と森、野山」
「野山って、ふつうの?」
「そう。そこらへんの山」
 すぐそこにある、いつもの田んぼの畦。まわりにいくらでもある草むら。山すそのやぶ。見えてはいるけど入ったことのない雑木山。
 見慣れすぎて、たぶんほとんど見ていない場所。そんな場所の景色からは、つまらなくて退屈な世界しか想像できない……かもしれません。でも見た目だけじゃわからない不思議な世界にわけ入ってみませんか。

その向こうにある不思議の世界

 バッタの姿形、チョウの飛び方、なんだかおもしろい。朽木の中には、何だかわからない幼虫がいる。森の中、草地、田畑のまわり、林縁、少し場所が変わるだけで、出会う虫も変わる。
なぜ? 草を刈ったから? 日が当たるから? 風が抜けるから? 水がそばにあるから? 虫をつかまえて、見て、環境との関係を聞いているうちに、いつもの草むらや山が、だんだん違うものに見えてくる。
知っているつもりだった場所に、知らないことが山ほどあるなんて!
虫に詳しい必要はありません。子どものころ以来、虫なんてつかまえていない人も。山は歩くけれど虫は気にしたことがない人も。親子でも、ひとりでも。
あ、それから、野山の昔を知っている昭和の世代の方はぜひ。ここの田んぼは昔はこうだった、ここらの山にはこんな木がたくさんあって、ということを聞きたいです。もちろんトンボ釣りなど虫で遊んだ記憶も。
講師は、三瓶自然館サヒメルで昆虫を担当する皆木宏明さん。 みんなで、一緒に歩いて、つかまえて、まなんで、なぞとき、してみましょう。

余録:画像の喜多川歌麿『画本虫撰』について

http://www.metmuseum.org/art/collection/search/37291 画:喜多川歌麿『画本虫撰』1788年,「赤蜻蛉」「いなこ」public domain

右にある狂歌の読み下しを次に。
しのぶより声こそたてね赤蜻蛉 をのがおもいに痩ひごけても   朱楽菅江
私は赤蜻蛉。鳴くことのできない私は、じっと恋心を忍ばせるしかない。ただ、激しい恋の炎でこの身は赤く染まり、焦がれすぎて痩せ細りながらも、ここに偲び(とまり)続けるのだ。

露ばかり草のたもとをひきみれば いなごのいなと飛のくぞうき 軒端杉丸

さて、『画本虫撰』(えほんむしえらみ)に描かれた虫を見て、「いやあすごいですよねえ」という言葉をきくことがあります。それは昆虫を専門とする研究者からの声です。美術としてみた「虫の造形の精緻さ・美しさ・描写」という面もありますが、それよりも、実物をよく観察しなければ描きにくい形態や動きを捉えていることからです。
 武田憲幸2011『昆虫写真における博物学的表現の研究』。この論文からひきながら、その「すごさ」を追ってみましょう。
 たとえば、ハチについては頭部・触角・複眼・胸部・腹部・翅・脚・毒針をほぼ忠実に描き、飛翔中に脚を伸ばす姿勢まで捉えていると、武田は指摘します。さらに驚くのが、ウマオイ類やキリギリス類の偽瞳孔です。複眼をこちらから見ると黒い点のように見える現象ですが、なんと歌麿はそれを描き込んでいる。
 武田は、これを死んだ標本ではなく、生きている虫を見て描いたことをうかがわせる特徴として取り上げています。
 ただ、その精緻な観察と描写の一方で、歌麿はときにチョウの形態を簡略化したり、ヤンマの脚が七本と描いてもいると、武田は指摘しています。
 歌麿が挑んだのは、「標本としての虫」ではなく、「生きている虫のあり方」。
 師の鳥山石燕は『画本虫撰』の跋で、歌麿が師から習った型を描くのでなく、自然から学んで虫の「生命」を捉えている、と称賛しています。スミソニアン美術館の解説は、この跋を、歌麿が自然観察と既存の絵画表現を融合する能力への評価であるとしています。
 先のウマオイでいえば、ウマオイという種として捉えるのではなく、草の上にいるひとつの虫の姿として描く。
 さらに。
 そこに恋の狂歌が加わります。虫の動きが恋する人間の行為にも重なっていくのです。自然史と風景と身体と情動が、虫の動きを旋律としながら融合していく。
 なぜ、あの美人画の歌麿が、虫と草の絵を?と最初は思う人も、ここまでくれば、あぁ!と、なんともいえないものを覚えるのではないでしょうか。
 対象をとらえる「精緻」が、要素に分解して標準化する合理性の中にではなく、生きているものが、場の中で作動している姿を描くことのなかで成立していたのです。
 草花がありそれをいかす土、水、環境のなかで、はじめて虫は生きて動く。
 虫には特有の動きがある。
 その動きが、虫を見る人の恋の比喩になる。
 その歌が、また虫の姿を生き生きと細やかなところまで見ることを可能にしていく。
 観察会も同じ線の上にいます。虫がいる場所で風が吹いて、草がそよぐ。伐られた森があり、ツルがからみ竹が繁茂した荒地がある。虫だけを見ていても、樹だけを見ていても、わからないし、感じないものが見えてくる。
 そういう感じ方で、虫と森と、を見ていけたら楽しい時を過ごせると思うのです。

開催方法

現地

開催地

奥出雲町

分野

食・産業、漁業、林業 農山漁村・中山間 環境・エコロジー

未登録

登録日時

2026年09月25日 15時54分

更新日時

2026年09月25日 15時54分

登録団体

森と畑と牛と